愚者のよろこび
勉強会で「愚者」とゆうお話をさせて頂くことになってまして、愚者とゆうことを考えています。
おそらく親鸞聖人や法然聖人の「愚者」という受け止めは、ただ単に自覚とか反省というようなものではありません。阿弥陀様の大きなお慈悲に出あっていかれた所に、出てきたものでありましょう。安心してありのままの自分にかえれる場所。どんなみじめな姿になろうとも、どんな愚かな私であろうとも受け止めてくれる大地。そんなはたらきを仰ぐ所に出てくるのが「愚者」というものだったのでしょう。
高村光太郎という画家、彫刻家さんがいらっしゃいました。詩人としても活躍されました。
「母をおもふ」という詩が好きです。
「母をおもふ」
夜中に目をさましてかじりついた
あのむつとするふところの中のお乳。
「阿父(おとう)さんと阿母(おかあ)さんとどつちが好き」と夕暮の背中の上でよくきかれたあの路次口。
鑿(のみ)で怪我をしたおれのうしろから
切火(きりび)をうつて学校へ出してくれたあの朝。
酔ひしれて帰つて来たアトリエに金釘流(かなくぎりう)のあの手紙が待つてゐた巴里の一夜。
立身出世しないおれをいつまでも信じきり、自分の一生の望もすてたあの凹(くぼ)んだ眼。
やつとおれのうちの上り段をあがり、
おれの太い腕に抱かれたがつたあの小さなからだ。
さうして今死なうという時のあの思ひがけない権威ある変貌。
母を思ひ出すと
おれは愚にかへり、
人生の底がぬけて
怖いものがなくなる。
どんな事があらうともみんな死んだ母が
知つてるやうな気がする。
全てを知っている上で見捨てることができないと言ってくれる存在の前で、安心して愚者になっていけます。